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女性でいう妊娠に相当する変化を経験した話


釣りタイトルか?(でも本当にそういう内容)

もしかしたらタイトルに違和感があるかもしれません。
私はインターネット上でもリアルでも「男性にも女性にもどちらにもないようにも見える」のを目指していて、どの性別に見られたいかを人に一切押し付けたくないのですが、実現できているかはわかりません。
現実的には環境に恵まれたら生まれつき女性のほうが中性的に生きることはたやすいのかもしれません。

女性で言う妊娠に相当する変化

真偽の程は定かではありませんが、妊娠中から産後の女性ホルモンの変化を男性で例えると「一晩で声変わりするほど」とする説があるそうです。
あくまでインパクトのあるたとえ話のはずなのに私はそれを11歳で本当に体験(一晩で1オクターブ程度)したのですが、11歳の頃の自分はもっと成長した女性でいう妊娠に相当するほど男性ホルモンが急激に活性化していたと思うと恐ろしいです。もしかすると(当人比で)男性ホルモンが不足していることが心身の不調に影響しているかもしれません。
ホルモンバランスが影響しそうな心身の不調については「平熱が35℃前後の人と平熱が37℃前後の人では発熱の基準が違うように、当人比で比較しないと意味がない」と考えています。例えば、十元連立非線形偏微分方程式が元々理解できない人が理解できないままでも正常だけれど(私も当然理解できません)、今まで理解できていた人が突然理解できなくなったら何らかの不調の可能性がある…余計にわかりづらくしたかもしれません。体温のところを思い出してください(?)。
もっと怖いのは私が生まれたときの性別は女性であったことです。医療などで人為的に男性に寄せようとしたことは一度もありません。骨格はどちらかといえば男性寄り(声変わりに前後して女児や女性向けの華奢な作りの服が全く着られなくなった)、体脂肪のつき方はおそらく女性寄り、身長は平均的な女性に近いですが男性でも珍しいとはいえない程度だと思います。いわゆるトランスジェンダー治療以外で、例えば生まれつき男性の方の更年期障害のように男性ホルモンを補充して不調が治るのならいいのですが、それが現代の日本で可能なのかどうかわかりません。

人間の可能性に蓋をしない

性別に関する価値観や考えは社会でなんとなく共有しているように見えて、この世に同じ人間は1人としていないように、性別という概念が全く同じ人は一人として存在しないと思っています。
性的指向や恋愛感情に関しても同じことが言えると思っているので、マジョリティとかマイノリティがあるわけではなく、ある意味で誰もが唯一無二だと思っています。
なんというか、既に人間は自分の身体の性別に縛られないくらい自由になれる可能性を誰もが持っていて、その人間の持つ可能性に蓋をしたくないというところです。

なんか胡散臭く見えるかもしれませんが私は人間の持つ可能性をわりと過大評価していて(過大であることは認めているらしい)、性別とか関係なく人間の持つ可能性に蓋をしようとするあらゆる行為が許せないというところはあります。

本当に苦悩しているのは

といいつつ私はやはりどちらかというとマイノリティであり、これまでの人生で出会った中で私に限りなく近い性別の概念を持つ人はおそらく1人しかいません。寂しいとか言わないで。
配偶者ではありません。配偶者がそこを理解できたらたぶん結婚していなかったと思います。

最近はマイノリティの苦悩にスポットが当たることが多いですが、私は自分の考えを見つけるまでに苦悩したものの、今やある意味では誰よりも自由な気がしています。自分が結婚できたことについては「一緒に人生を歩みたい人と偶然にも戸籍上の性別が違っただけ」くらいに思っています。
むしろマジョリティとされる人こそ、男らしさや女らしさというものや、異性と恋愛をして結婚して子供を育てるべきという考えに縛られて苦悩しているように見えます。
私は自分の遺伝子を後世に遺さないことがある意味では社会貢献だと思っているのですが(この現代に病気や障害を理由にそう考えていたらもちろん大問題なのでそれとは別の意味で)、現状でうまく言語化できることではなさそうなので気が向いたら書きます。

Posted in その他日記

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